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浄願寺山門掲示板

▲浄願寺山門にある掲示板には、
(前)1日〜15日
(後)16日〜末日
の月2回のペースで教えの言葉を掲載しています。
 ある先生から、布教、伝導ということでいえば、雨の日も、風の日も、雪の日でも、24時間しっかり立っている掲示板を特に大切にと言われたことを思い出します。

日曜学校(子ども会)

▲一時期、少子化のこともあり、日曜学校(子ども会)が2人か3人ということがありました。
そのことを心配し、年配の方たちもお参りしてくださるようになりました。
おかげさまでこの頃はだいぶ賑やかになり、本当にありがたいことです。
ぜひ、どなたさまもお参りください。心よりお待ち申し上げます。
子どもも大人もほとけの子です☆

灯明のリレー

▲鶴亀の仏さまの灯りを一人ひとりに点じていきます。
毎年8月18日16時から蟲供養の中で。

同朋会 毎月28日 12月は朋念会(ぼうねんかい)

▲朋念会(ぼうねんかい)

「ごえんさん(住職)はついつい喋りすぎになってしまうから、同朋会は座談が第一やから気を付けてと言われました(笑)」

当日のレジメ

①教会は常に世の小さき人々と共に生きる。

②親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先立ちける。又母の命つきたるを不知しらずして、いとけなき子の、なほ乳をすひつゝ臥せるなどもありけり。(中略)すべて四万二千三百余りなんありける。『方丈記』鴨長明著

③この世の本寺本山のいみじき僧ともうすも法師ともうすも うきことなり。
※いみじき…素晴らしい『正像末和讃』親鸞聖人(真宗聖典510頁)

④六角堂に集う人びとは、世間から余計者あつかいされているあわれな者たちばかりである。朝廷や貴族たちの催す盛大な法会とは、まったくちがう光景がここにはあった。本来、寺はこうでなければならぬ、と範宴は思う。貧しき者、弱き者、病める者、よるべなき者たちのためにこそ寺はあるのではないか。『親鸞』五木寛之著

⑤吉水の草庵  ※草庵…仮小屋、草ぶき屋根

⑥主上臣下、法に背き義に違し、忿(いかり)を成し怨(うらみ)を結ぶ。
(天皇ならび臣下、ともに真実の教えにそむき、道理にさからって、怒りを生じ、怨みをいだく)『教行信証』親鸞聖人(真宗聖典398頁)

⑦承元(しょうげん)元年(1207)春、親鸞聖人は、みだりに専修念仏の教えを禁じたものへのおさえることのできない怒りを胸に、流罪の地、越後の国府におもむかれた。聖人三十五歳の年である。そこで出会われたものは、辺地の荒涼(こうりょう)とした自然であり、富や権力などとはまったく無縁に、人間としての命を赤裸々に生きている人々のすがたであった。そこには、善根を積むことはおろか、生きのびるためにはたとえ悪事とされていることでも、あえて行わなければならない悲しさをかかえた人々の生活があった。その越後の人々のなかにあって、聖人は妻恵信尼との間に幾人かの子をもうけられた。文字どおり、肉食妻帯の一生活者となって生きていかれたのである。
『宗祖親鸞聖人 -生涯とその教え』 宮城著

⑧屠(と)は、よろずのいきたるものを、ころし、ほふるものなり。これは、りょうし(猟師)というものなり。沽(こ)は、よろずのものを、うりかうものなり。これは、あき人(びと)なり。これらを下類(げるい)というなり。(中略)りょうし・あき人、さまざまのものは、みな、いし・かわら・つぶてのごとくなるわれらなり。
『唯信鈔文意』親鸞聖人(真宗聖典553頁)

⑨「十方衆生」というは、十方のよろずの衆生なり。すなわちわれらなり。
『尊号真像銘文』親鸞聖人(真宗聖典521頁)

長浜教区16組の組長として様々な仏事を賜りました。その中に同朋大会があり、テーマは通して「非戦」となりました。
東本願寺では1987年から毎年4月の春の法要の中で「戦没者追弔会」を「全戦没者追弔法会」と「全」と「法」の字が加えられて勤まっています。そして去年は「表白(ひょうびゃく)」にてこのように誓われました。

表 白
 謹んで阿弥陀如来、宗祖親鸞聖人、ならびに三世十方の諸仏如来に申し上げます。(中略)第一に、過去の罪障を懺悔するとは、われらの宗門が、先の悲惨な侵略戦争に自ら荷担し、それを「聖戦」と呼び、「まったくおおせにてなきことをも、おおせとのみもうす」罪を犯したことであります。(中略)如来の本願はその罪を私たちに知らしめ、罪に向き合い、平和への道を歩ましめるのであります。(中略)われら真宗門徒、ここに非戦平和の誓いを表白し、ひとえに、この身とこの世の無明の闇を照らす仏の教えに随い、ともに生きあえる世界への道を歩まんことを誓うものであります。

これは戦争を「聖戦」とし、親鸞聖人の「まったくおおせにてなきことをも、おおせとのみもうす」と戦争に加担したことの真宗大谷派の戦争責任と謝罪の表明です。全戦没者追弔法会とは、全てのいのちに思いを馳せる思いから「全」の字があり、自らの罪を深く痛み、仏法に出遇う願いから「法」の字があります。それは戦没者に対しての鎮魂、慰霊ではなく、また英霊として奉ることでもありません。そのような追善供養で終わらせないためにここで言葉を確かめるのなら、全戦没者追弔法会は決して「感謝」の儀式ではなく「謝罪」であり、さらに親鸞聖人から教えられる「報謝」です。 2度とこのような過ちは犯しませんとその罪に謝し、一人ひとりが仏法に生きることがそのことに報いることなのです。私自身そのことを大切にしていきたいと思います。3年間ありがとうございました。
尚、地元の神照仏教会主催の全戦没者追弔会法要も同じく「全」と「法」が付けられて毎年7月に勤まっています。