テーマ 2018年 蟲供養(174座)

2018(平成30)年9月1日


表紙

▼真宗本廟(東本願寺)子ども奉仕団 子ども2人大人1人参加しました。

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後生の一大事 住職記

■五才の息子と三七才の夫が癌のため、あと数カ月の命だと宣告された高橋隔世という方がこのように語っておられます。「明日がわからない私たち家族にとって「また今度…」「何々してから…」という言葉は決して許されないのです。「今」この時しかないのです。」考えてみると、私たちの生活は「また今度…」「何々してから…」の繰り返しではないでしょうか。そこには「今」を大切に生きるということはありません。それより「今」がいつも準備にばかり追われているのではないでしょうか。
■よくご存知の小話があります。所はある南の国。登場人物はアメリカ人と現地の人。ヤシの木の下で昼寝をしている現地の人をつかまえてアメリカ人が説教しています。

「怠けていずに働いて金を儲けたらどうだ」
ジロリと見上げて、男が言う。「金を儲けて、どうするのだ」
「銀行に預けておけば、大きな金になる」
「大きな金が出来たら、どうする」
「立派な家を建てて、もっと金が出来れば、暖かい所に別荘でも持つか」
「別荘を持って、どうするのだ」
「別荘の庭のヤシの下で、昼寝でもするよ」
「オレはもう前から、ヤシの下で昼寝をしているさ」
「………」

■蓮如上人の白骨の御文に「おおよそはかなきものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。」とあります。拝読の際、その中の「おおよそ」は「およそ」と読むようにルビが施されています。それは、おおよそ人の世は無常であると、まわりを見渡して何となく感じるのではありません。「おおよそ」から「およそ」と一文字引き締めることによって、他でもないこの私の上に無常を観るのです。
■また「あわれというも中々おろかなり」とあります、「あわれ」は哀れではなく「ああ、我」の複合語です。(参考①)「おろか」は「愚か」ではなく「疎か」です。ですので「あわれというも中々おろかなり」は、決して亡き人が哀れで愚かなのではなく、大切な人の死を前にしてもなお、その死を疎かにして「ああ、我」とならない私たちへの呼びかけなのです。
■そして「後生の一大事」とあります。その「後生」という言葉に、最上級の「最」という字を付けて「最後生」として考えてみたいと思います。(参考②)果たして、私はどちらを選ぶのかと。かけがえのないこの「今」を最後(さいご)として大事に生きるのか。それとも、かけがえのないこの「今」を「また今度…」「何々してから…」と最後(もっとも、あと)に送って生きるのか。まさに「後生の一大事」です。

参考

①感動詞アとハレとの複合。はじめは、事柄を傍から見て讃嘆・喜びの気持ちを表す際に発する声。それが相手や事態に対する自分の愛情・愛惜(あいせき)の気持ちを表すようになり、平安時代以降は、多く悲しみやしみじみした情感あるいは仏の慈悲を表す。その後、力強い讃嘆は促音化(そくおんか)してアッパレという形をとるに至った。
『岩波・古語辞典』

②此即是我最後生身 天上天下唯我獨尊
(これは即ちこれわが最後の生身なり 天上天下ただわれ独り尊し)
『修行本起経』『誕生偈』釋尊

③後鳥羽院の『無常講式』 蓮如の『白骨の御文』の原典
『日本仏教典籍大事典』には写本が京大,東大史料,仁和寺(にんなじ)に所蔵
凡そ墓無き者は、人の始中終、幻の如くなる者は、一期の過ぐる程なり、三界は無常なり、古より未だ萬歳の人の身有りと云ふことを聞かず、一生過ぎ易し、今に在りて、誰か百年の行體を保たん、実に我や前、人や前、今日とも知らず明日とも知らず、後れ先だつ人、本の滴末の露よりも繁し。「されば朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。」

編集後記

▼蓮如上人の『白骨の御文』の原典は後鳥羽院の『無常講式』です。(参考③)先日7月23日、浄願寺に於いて、テーマ「後生の一大事」で群生会の研修会が開かれました。座談会である門徒さんが言われた「今回のテーマ、後生の一大事から念仏申すことが死んでからの事でなく、現世のためでもあるのではないかと考えます。」の言葉がとても印象的でした。住職記はその後、発行された「群生会レポート」に書かせて頂いた文章です。群生会とは16組の推進員養成講座を終了された門徒さんが作られた仏法聴聞の会です。
▼蟲供養には過分なお供え等、お心遣い、本当にありがとうございました。上映会では、20年ぐらい前から去年までの画像を見ました。なつかしさで一杯でした。絵本ができなかったのは申し訳ございませんでした。
▼同朋会館改修工事(2017年7月〜2018年7月)を経て、今年7月と8月の2回転、子ども奉仕団のご縁を頂きました。(表紙参照)

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