テーマ 「是旃陀羅」(ぜせんだら)問題について⑦(183座)

2019(令和元)年6月1日


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住職記

■「旃陀羅」の言葉が生まれたインドの差別の現実から学ぶために、真宗大谷派は2017年11月、マナケ・サンガラトナ氏と交流を持ちました。その時の講演で氏はこのように話されました。

 日本ではお経はサンスクリット語が一般的ですがそれは後になって使われた語であり、本来、お経はパーリ語が原典です。そして真宗大谷派が課題とする「旃陀羅(せんだら)」はパーリ語にはなく、サンスクリット語によって初めて出てくる言葉です。
 サンスクリット語はカーストの上位の者、バラモンといった特殊な人しか使うことは許されませんでした。特に当時から過酷な差別を受けていた不可触民という人たちがサンスクリット語を聞けばその耳に蝋を流し込め、話せば舌を抜け、見れば眼を潰せと説かれていたのです。
 不平等なる当時のカーストに対して、どこまでも平等を説く釋尊が差別を念頭に置く「旃陀羅」、あるいは奨励するような「旃陀羅」の言葉を使うはずがないと思います。いつの時代、どこの場所か、それはわかりませんが、「旃陀羅」は釋尊から後に何者かによっていつのまにか組み入れられた言葉だと思います。 

■組み入れる…それは差別を好都合と考え、利用する体制側の者ではないでしょうか。
もともとパーリ語で説かれた釋尊のお経がカーストの上位の者しか使えないサンスクリット語に編集されていったお経。そこに初めて「旃陀羅」が出てくると教えられます。どうでしょう、現代、絶対なるお経の「是旃陀羅」ありき…から考えるのではなく、「是旃陀羅」は本当に釋尊の言葉なのか…というところまで戻り、掘り下げて考えていくべきではないでしょうか。

■古代、インドも同じく、人の世は常に差別に苦しめられる人と差別を利用する者です。長浜教区は「部落問題研修会」という名前を大切に研修してきました。それは内側に自らの差別心の根深さを問うことと同時に、外側にいつの時代にもある差別社会のしくみを見極めることを第一とする所以です。部落問題は構造の問題です。

編集後記

▼住職記のマナケ・サンガラトナ氏のお話は次の通りです。

2017(平成29)年11月30日
於しんらん交流館
「差別問題研修公開講演会」
テーマ 「インドと日本の架け橋として 現代インドのアウトカーストへの差別に学ぶ」

▼著書の『波瀾万丈! インドの大地に仏教復興』にはこのように書かれています。
マナケ・サンガラトナ師は1962年にインドのナグプールに生まれる。マハールという、アウト・カーストの不可触民の出身。7歳で得度し、9歳で比叡山延暦寺に入る。3時半に起床、4時から止観(坐禅)を1時間、そして勤行が1時間。6時から作務(そうじ)を1時間し、7時から朝食。7時半に出て、ケーブルの駅まで30分歩き、8時のケーブルに乗り、麓の駅から20分歩いて坂本小学校に通う。小学校から帰ると、夕方5時から1時間止観、1時間勤行、夕食をすませて勉強し、就寝は10過ぎ。

▼ちなみに、師は日本人はみんなこういう生活をしていると思っていたそうです。(笑)

▼子ども御遠忌、 そして長浜教区・五村別院・長浜別院 宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌に遇わせていただきました。50年に1度の法縁に感無量でした(涙)。詳細は来号に掲載させていただきます。

▼いよいよ、浄願寺御遠忌法要に向けて、どうぞよろしくお願い致します。


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